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新嘗祭に見る“いただくこころ”──昔と今の食料事情から考える
秋は、実りの季節。そして“食”を通じて感謝を表す文化が、日本には古くから根づいています。
その象徴とも言えるのが、神道の祭儀「新嘗祭(にいなめさい)」です。
新嘗祭とは──収穫への感謝を捧げる儀礼
新嘗祭は、天皇がその年の新穀(米など)を神々に奉納し、自らも食すことで、収穫への感謝を示す儀礼です。
古代から続く宮中祭祀であり、五穀豊穣を祈る国家的な行事として位置づけられてきました。
この日は、戦後「勤労感謝の日」として国民の祝日となり、“働くこと”と“食べること”のつながりを見つめ直す機会にもなっています。
昔の人々にとっての“食”──命をつなぐ営み
新嘗祭が生まれた背景には、食料の確保が困難だった時代の現実があります。
飢饉や天候不順による不作は、命に直結する問題でした。
だからこそ、収穫は“生き延びること”そのものであり、自然の恵みと人の働きに対する感謝は、切実で深いものでした。
食べることは、命をいただくこと。
その実感が、儀礼としての新嘗祭に結晶していたのです。
現代の食料事情──豊かさと不安の交差点
現代の日本では、スーパーに並ぶ食材や外食の選択肢が豊富で、日常的な飢えの心配はほとんどありません。
しかし、2025年現在、食料自給率はカロリーベースで約38%と低く、輸入依存が高い状態が続いています。
気候変動や国際情勢の影響で、米や小麦などの価格高騰や供給不安も現実の課題となっており、食料安全保障への関心が高まっています。
つまり、食料の“ありがたさ”を実感しにくい一方で、その“脆さ”に直面しつつあるのが、現代の私たちなのです。
“いただくこころ”を見つめ直す
新嘗祭は、昔の人々の切実な感謝を表す儀礼であると同時に、現代の私たちにとっても、“いただく”という行為の意味を問い直す機会です。
静かに手を合わせる、旬を味わう、余さずいただく──それらのふるまいには、命への敬意と感謝のこころが宿っています。
秋の食卓に、季節の恵みとともに、そんな“こころ”を添えてみてはいかがでしょうか。








